●奉公袋

【質問】
「今日、物置で掃除をしていたら引き出しの中から「奉公袋」なる物が見つかりました。
袋の裏には必ず持ってくるもの、持ってきていい物が漢字:カタカナが8:2ぐらいの割合で書いてあって、中には黒いプラスチックの箱が2つあって、ひとつには8等の勲章(?)←字体がめちゃくちゃでよくわかりませんでした。「八」だけかろうじて読み取れました。
もうひとつには「大満州国建国功労章」と書いてありました。
2つとも中にそれっぽいものが入っていました。
奉公袋とは一体なんですか?
なぜ勲章などというたいそうな物がうちにあるのですか?
さっぱりわかりません。
おき軍事のみなさん、どうか教えて下さい。」
(16歳 piropiroさま)
【回答】
「「奉公袋」と聞き、懐かしくなりました。
大きさは、B4版ぐらいの布製だと思います、戦時中、出征するときに軍隊の営内に持ち込める大事な袋で、中身は自分の身の回り品、例えば、タオル、歯磨き、筆記具などですが、私は下着を毎日替えないと嫌な方でしたので、褌を3枚、母が入れてくれました。
「漢字とカタカナ」ですが、昔は口語体ではないので、ひらがなは使わずにカタカナでした。
六法全書を開くと、旧憲法下のものでいまでも生きているものは、漢字とカタカナです。
「奉公袋」は当然、入隊後、中身は点検されますが、一番多かったのは「千人針」(日の丸の布地に赤の糸で、印をつけたもの)でした。
この読者の方の身内の誰かが応召されたときのものだと思います。
「大満州国建国功労章」で、勲八等ですから、旧憲法時代の勲八等宝冠賞ではないかと思います。
満州国の建国について、解説したいと思います。
【満州国の建国】1932年(昭和7年)3月1日
【国首にあたる執政】中国清朝最後の皇帝、「薄儀」
(注)日本軍は、満州全土を武力占領ではなく、傀儡政権の樹立を目論んで、満州民族である「薄儀」を擁立しました。
【首都】新京(現在の長春)
【元号】大同(だいどう)
日満議定書:1932年(昭和7年)9月 日本と満州国の間で「日満議定書」が締結されました。
(参考)
敗戦後、満州国は当時のソ連(ロシア)に併合されました。
この、満州国の建国に際しての功労に対して、授与されたのが、「勲八等」だと思います。
新憲法下でも、叙勲制度はありますが、旧憲法時代と少し違うところがあるようです。
いずれにしましても、大事に保管ください。」
(旧軍出身者さまより)
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